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カット割りから1シーン×1カットへ

Tomizo Jinno

従来の映像文法におけるシーン構成


映画やテレビの伝統的な映像文法では、一つのシーンを複数のショットで構成することが基本とされてきました。これは、人間の視点の動きを模倣し、観客の注意を効果的に誘導するための手法として確立されてきたものです。しかし、それは必然的な制約があったからに他なりません。初期の映画制作には、厳しい技術的制約が存在していました。一本のフィルムロールは数分程度の長さしかなく、カメラは100キロを超える重量があり、照明機材の設置には多大な時間と人手を要しました。加えて、フィルムそのものが高価であり、長回しによる失敗は大きな経済的損失につながりました。

なによりも、解像度の低さから、ロングショット(引きの画)では人物の表情がわからなかったのです。



カット割りの誕生


そうした制約は、映画制作者たちに「カット割り」という手法を強いることになりました。

典型的なシーン構成では、まずエスタブリッシングショットで場所や時間を示し、次にミディアムショットで状況を提示し、さらにクローズアップで詳細を描写するという段階的なアプローチを取ります。

例えば、レストランでの会話シーンであれば、以下のような構成となります:

  1. 店舗外観(エスタブリッシング)

  2. 店内の様子(ミディアム)

  3. テーブルでの会話(クローズアップ)


この手法は、観客の理解を助けるだけでなく、編集によってリズムを作り出し、緩急をつけることで視聴者の感情を操作する効果も担っていました。

※カット=ショット

しかし、こうしてシーンを分割して構成しなくてはならない「制約」こそが、映像表現の可能性を大きく広げることになったとも言えます。


カット割りから1シーン1カットへ
「カット割り」から「1シーン1カット」へ

機材革新がもたらした表現の変革


特機が普通機へ・現代の撮影補助機材


デジタル技術の発展と機材の小型軽量化により、かつては大がかりな機材や複数のスタッフを必要とした撮影が、比較的安価に、少人数で実現できるようになっています。以前には「特機」と呼ばれ、今は普通の機材となった機材を挙げると。


  • ジンバル:手持ちでも安定した映像が得られ、人物の動きに密着した撮影が可能です

  • ドローン:空撮の自由度が格段に向上し、縦横無尽な視点の移動を実現します

  • スライダー:正確な直線移動による、計算された視点の変化を実現します

  • 小型クレーン:高低差のある動きを、少人数での運用で可能にします


特機が普通機へ・現代の撮影補助機材


単一ショットによる統合的表現手法


現代の技術革新により、一つのショットで複数の情報を効果的に伝達することが可能になっています。代表的な技法を説明します:


オーケストレーテッド・モーション


ジンバルやスタビライザーを使用して、複雑な動きを滑らかに追従する撮影です。登場人物の動きに合わせてカメラが自然に移動することで、物語の流れを中断することなく空間情報を提供できます。


バーティカル・トラベリング


クレーンやドローンを使用して、垂直方向に移動しながら撮影する手法です。上空からの視点と地上での出来事を、一つの動きで結びつけることができます。


【注】

1シーン1カットを実現するための簡便な方法が「パンニング」や「ズーミング」ですが、現代ではこれらの技法による映像表現が陳腐化していると捉える若年層が増えています。このことは、手動による精緻で心地よいパンニング、ズーミングにはカメラマンの熟練が必要であることと無関係ではないように思います。


また、パンニング、ズーミングはカメラマンないしは演出家の意図、作為によって行われることが「おしつけがましい」と忌避されるという、古い世代には驚くべき意見も聞かれます。こうしたことは高解像度ネイティブ世代の台頭と無関係ではないように思います。



特機表現手法の一般化


これらの機材は、以前は大規模な制作現場でしか実現できなかった表現を、独立系の映画制作や個人の映像制作でも可能にしました。結果として、単一ショットでの複雑な表現が、特別な技法ではなく日常的な選択肢となっています。連続的な動きによる撮影は、観客により直接的な体験を提供します。従来の編集主導の表現に比べ、より自然な視点の移動が可能になり、物語世界をより直接的に伝えることができます。


もし初期から1シーン1ショットでの撮影が容易であったなら、映像表現はまったく異なる発展を遂げていたかもしれません。



制約が育んだ映像言語の価値


初期の技術的制約がなければ、映画は異なる表現体系を持つメディアとして発展していたかも知れません。カット割という技法は、制約によって強いられた手法でしたが、それが逆に豊かな表現可能性を開拓することになりました。

この歴史的な発展を理解することは、現代の映像制作において重要な意味を持ちます。


現代の映像作家には、以下のような選択肢があります:

  1. 伝統的なカット割りによる表現

  2. 1シーン1ショット(カット)による表現

  3. 両者を組み合わせた新しい表現

これらの選択肢が存在するのは、皮肉にも初期の技術的制約があったからこそだと言えます。制約が生んだ創造性が、現代の表現の幅を広げているのです。



結論


映画の歴史は、技術的制約が新しい表現を生み出した過程でもあります。現代の技術革新は、その制約を取り払いましたが、それは同時に、制約から生まれた豊かな表現技法を「選択可能な創造的手段」として確立することにもなりました。技術の進歩が必ずしも古い技法を陳腐化させるわけではなく、制約から生まれた創造性は、新しい技術とともに、より豊かな表現の可能性を今も切り開いています。

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