いつかまた使ってみたいと思いながら、30年以上が経過してしまったカメラ技法に「ドリーズーム」というやつがあります。初めてそれを見たのは、私がこの業界に入りたての頃、ある写真館のテレビCMのロケ現場でした。当時所属していたプロダクションが特注で製作したステンレス製のレールドリーを、なんと東山動植物園に運び込み、景色が良い植物の前に立つ美女に向かって敷きました。
やたら人手が要る撮影
その時私はまだこの技法のことを知らず、カメラマンに加えカメラアシスタントが二人、VE(ビデオエンジニア)、移動車の押し手、照明三人と、大勢での撮影が段取りよく行くかどうかだけが心配で、この機材でディレクターが何をしようとしているのかは、まったく知りませんでした。
ご承知のとおり「ドリーズーム」は、カメラをトラックバックしながらズームアップしていくことで、捉えている被写体の距離、大きさは変わらないのに背景だけが飛んでいくという技法です。実際の被写体との距離は変化しますから、ズームリングとフォーカスリングを同時に操作するというマルチタスクな技術です。当時の機材ではカメラ自体に三人が張り付いて行わないとできないものでした。その上、レールドリーも人の手で押すので、スムーズな動きは難しい操作でした。さらに大問題がありました。なんとディレクターのキューでモデル女性は涙をポロリ、というお芝居が必要だったのです。
再現すると↓みたいなカットです。 Created by Luna Dream Machine
ロケはバラシに
ロケは押しに押していている最後にこのカットの撮影でした。案の定、陽は傾いてくるし、小雨がちらほら・・・。気を揉む私をよそに、何度も何度もテイクを重ねていくうちに、いよいよ雨は本降りに。結局このロケは中止となり、後日スタジオでの収録に変更したのでした。
プロダクションマネージャーであった私は当時の社長に「仕切りが悪い!」と叱責を受け、まだ子供だった私は「そんこと知るかよ!」と心の中で悪態をついていたことを覚えています。
スタジオで野外シーンを撮るのは当時では無理があった
数日後、スタジオに植栽を敷き詰め、野外を再現するために煌々と照明を炊き、収録はほぼ順調に終えることができました。ただし、会社は大損害。撮影できた映像は、やっぱりスタジオ然として見えて残念なものでした。
面白い撮影技法を知った喜び
ただし収穫はありました。私がこの技法の面白さを知ったことです。
しかし、この時のトラウマは大きく「ドリーズーム=時間がかかる」ため、その後再度この撮影技法に挑戦したことはありません。ビジネス映像制作の現場はとにかく時間勝負なところがありますから、1カットのために何時間も掛けるような撮影は近年やらなくなりました。
その代わりに、最近はジンバルやミニクレーンやスライダー、さらにはドローンも加わり、映像のバリエーションは百花繚乱。ドリーズームくらいではもう驚かないですよね。似たような効果は簡単に表現できますから。
でも、いつか、ここぞ!という時に、本格的にレールを敷いて撮って、効果的にこのカットを使ってみたい思いは消えません。
※今回しれっと「ドリーズーム」と書きましたが、僕はこの呼び名を知りませんでした。仕事仲間とは「トラックバック&ズームイン」とか「例のあれ、カメラがバックしてるのにズームで寄っていくやつ」とか言っていました。
Created by Luna Dream Machine
いちおう豆知識:ドリーとズームを組み合わせた撮影技法
その撮影技法には「ドリーズーム」という名前がついています。
ドリーとは、カメラをレールや台車に乗せて滑らかに移動させることを指し、ズームはレンズの焦点距離を変化させて被写体の大きさを変えることです。この2つの技法を同時に用いることで、被写体の大きさを一定に保ちつつ背景の遠近感を変化させる独特な映像表現が可能になります。
ドリーズームの特徴と効果
遠近感の強調
背景が急速に遠ざかることで、被写体との距離感が強調され、不安感や恐怖感、あるいは逆に広大さや孤独感を表現できます。
視覚的な歪み
ドリーとズームの速度やタイミングを調整することで、意図的な視覚的な歪みを作り出すことができます。
表現力の幅広さ
映画やドラマ、ミュージックビデオなど、様々な映像作品で効果的に活用されており、物語の盛り上がりや感情的な高揚を表現するのに役立ちます。
ドリーズームの代表的な作品
アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」
映画史に残る代表的なドリーズームのシーンとして知られています。主人公の vertigo(めまい)を視覚的に表現し、観客に強い印象を与えました。
具体的な撮影方法
ドリーズームの撮影は、カメラの動きとレンズのズームを正確に同期させる必要があるため、ある程度の技術と機材が必要です。
レールや台車
カメラを滑らかに移動させるために、レールや台車を使用します。
ズームレンズ
焦点距離を連続的に変化させることができるズームレンズが必須です。
精密な制御
カメラの動きとレンズのズームを、事前に計画されたタイミングで正確に制御する必要があります。
いんちきドリーズームのつくり方
収録は4Kで行います。
フォーカスはオートにします(トラッキングしてくれるやつ)。
被写体を捉えながら、手持ちないしはジンバルで後退ないしは前進します。
編集(解像度はFHD)で連続的に画像をズームアップ(ズームアウト)して、被写体の大きさを一定に。
これで出来上がり。
ドローンで撮った画をこうして編集しているのをよく目にします。
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