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Tomizo Jinno

モナリザ効果とメディアリテライシー

シャッターチャンスのユビキタス


現代社会では、ほぼ全ての人がスマートフォンをはじめとする複数のカメラデバイスを所有し、日常的に写真を撮影しています。さらに、コンピュータグラフィックスの発達により、デジタル上で自在に絵を描くことも可能になりました。しかし、このように視覚的な表現手段が広く普及した一方で、撮影や描写の対象となる物体や人物に対する認識や考察の深さは、必ずしも向上していないように感じられます。映像技術の進歩と人間の洞察力の間には、まだ大きな隔たりがあるのかもしれません。



追跡する錯覚:二次元の中の三次元効果


かつて、道路脇によく見かけた等身大の警察官の看板を覚えていらっしゃいますか?実物の警官ではなく、写真を板に印刷したものを電柱などに固定していたあれです。運転中にそれを目にした瞬間、多くのドライバーは一瞬ハッとしたものでしょう。しかし、すぐにそれが看板だと気づいてホッとする。そして、不思議なことに、その平面の警官の目が、車で通過する自分をずっと見つめ続けているような錯覚を覚えませんでしたか?この視線追跡の錯覚は、単なる平面画像でありながら、強烈な立体感と生命感を与える興味深い現象です。

モナリザ効果

「モナリザ」と錯覚の背後にある単純な原理


では、なぜ動かない二次元の画像が、私たちの動きを追跡しているように感じられるのでしょうか?その理由は意外にも単純です。看板のモデルとなった警官が、撮影時にカメラのレンズを直視していたからです。この直接的な視線が、見る人の位置に関わらず、常に自分を見つめているような錯覚を生み出すのです。

この原理は、美術史上最も有名な作品の一つであるレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」にも当てはまります。モナリザの謎めいた微笑みは、どの角度から見ても鑑賞者に向けられているように感じられます。決して隣の人ではなく、常に自分だけを見つめているような印象を受けるのです。これは、モデルがダ・ヴィンチの目を終始見つめていたことに起因すると考えられます。


モナリザ効果(視線追跡錯覚): 心理学者のマーガレット・リビングストンによる研究(2000年)で、モナリザの目が鑑賞者を追うように見える現象が科学的に説明されています。これは「モナリザ効果」や「視線追跡錯覚」と呼ばれ、平面の肖像画でも生じる現象です。 参考文献:Livingstone, M. S. (2000). Is it warm? Is it real? Or just low spatial frequency? Science, 290(5495), 1299.



レンズを通じた視点の共有


カメラのレンズは、その写真を見る人の目の代理となります。この事実は、多くの人が無意識のうちに見過ごしている重要な点です。もちろん、視線が追いかけてくるという感覚は錯覚にすぎません。しかし、この錯覚が写真の見る者に与える影響は計り知れません。

例えば、集合写真を撮影する際の「はい、チーズ!」や「こちらを見てください」といった掛け声は、単なる習慣以上の意味を持ちます。このように撮影された写真に写っている人々は、その写真を見る人の目を直接見て笑いかけているように見えます。結果として、その写真は撮影された瞬間が非常に楽しい時間だったように感じられるのです。これは、写真を通じて時間と空間を超えた感情の共有を可能にする、写真技術の素晴らしい側面の一つと言えるでしょう。



意図的な視線操作の技法


近年、望遠レンズを使用して被写体から距離を置いて撮影する手法が増えています。この方法で撮影された人物は、カメラマンを直接意識していないため、より自然な表情を捉えることができます。その結果、被写体の内面をより深く映し出しているような印象を与えます。さらに、背景のボケ効果も相まって、雰囲気のある洗練された写真となります。この技法は特にブライダル写真などで頻繁に用いられています。

しかし、この手法も今では一般化し、むしろ作為的な印象を与えることも増えてきました。技術の進歩と普及により、かつては専門家のみが駆使できた技法が大衆化することで、新たな課題も生まれているのです。



メディアリテラシーの重要性


現代社会では、誰もがスマートフォンというカメラを常に携帯しています。これにより、多くの人が自身を写真の専門家のように感じる傾向があります。しかし、真の写真理解には、撮影技法だけでなく、切り取られた画像から読み取れる撮影者の意図についても深く考察する必要があります。

日々メディアを通じて私たちの目に飛び込んでくる無数の画像情報には、表面上は見えない多くの情報が潜んでいる可能性があります。これらの画像を注意深く観察し、分析することで、新たな洞察や理解が得られるかもしれません。このような批判的な視点を持つことが、現代のメディア社会を生きる上で不可欠なメディアリテラシーの基礎とります。

とくに映像制作、動画制作に関わるクリエーターは、こうした特性について深く考えておくべきです。


写真技術の大衆化と影響: 写真史研究者のジェフリー・バッチェンは、デジタルカメラとスマートフォンの普及が写真文化に与えた影響について論じています。彼の著書Each Wild Idea: Writing, Photography, Historyでは、写真の大衆化が社会と個人に及ぼす影響が詳細に分析されています。 参考文献:Batchen, G. (2001). Each Wild Idea: Writing, Photography, History. MIT Press. 「スマホと SNS によって変化した写真概念の一考察大平哲男 大阪商業大学非常勤講師 関西ベンチャー学会誌第13号

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