「シナリオ」とは何か
企業映像(VP)のシナリオは、クライアントとのコミュニケーションの初期段階「発注決定」に相前後して作成される書類です。制作見積書の積算項目を規定する「仕様書」の役割も果たしますので、映像制作に係るコストと付加価値の明細項目をすべて要件定義するものでなくてはなりませんが、実際には映像内容が読み取れないものが多く、古今東西、シナリオの仕様は統一されていません。なぜでしょうか?
①ナレーション原稿がシナリオとして扱われる
映像制作業に働く人の場合、ナレーション原稿はあくまでナレーションの原稿であると考えますが、一般社会ではナレーション原稿が映像の内容も規定していると勘違いされる傾向があります。近年多くなってきたクライアント「社内でシナリオをつくりますので・・・」の場合、多くがこのナレーション原稿が送られてきて「見積もりお願いします」と言われます。
企業間取引としての受発注業務・映像制作案件を進行させる上で、取り組み初期に要件定義をし発注側・受注側が共通認識を得ることは必須です。発注企業としては社内での立案、予算どり手続きは、発注よりも先に終える必要があることから、ひとまず社内に対して「こんな映像をつくります」と説明できる書類として、担当者がナレーション原稿を作成し、この原稿を映像を要件定義するシナリオ同等として扱っているからです。
しかし、ナレーションが使用している単語を1カット1カット画像にして繋げば映像になるわけではありませんし、名詞はなんとか画像にできても、形容詞、動詞、副詞のような汎用的な言葉を画像にして挟み込んでも意味をなす一連の映像にはなりません。また、ナレーションで言わなくても、映像(画像)がすべてを語っている、という手法も織り交ぜるのが、到達度の高い映像作品を作る上では重要です。いえ、むしろ映像をつくる意義は、ここにこそあります。
つまりナレーション原稿は映像を規定していないばかりでなく、ナレーションですべてを語ろうとすることは、優良な映像作品(視聴者への到達度が高い映像)づくりには非常に不利になります。
②映像を定義していないシナリオ
「△△工場の様子(新規撮影)」などと書かれていれば、最低限この工場での撮影が必要であることはわかりますが、撮影する対象が大きなものなのか、小さなものなのか、作業者が入る場面なのか、工場の空撮(ドローン)が必要なのかなど、ほとんどのことがわかりません。こうした「シナリオ」も厳密な意味でのシナリオではなく、暫定的な情報共有のための書類といういことになります。
③ちゃんとしたシナリオ
「△△工場・××組み立て工程・作業員1名あり・ロング・アップ・・・」とまで、書かれていると、映像制作業の人は大方の共通認識を形成できますが、一般の人には返って難解な書類に映ります。
③のシナリオをつくるには、プロダクションはシナリオハンティング、ロケーションハンティングに加え、専門知識などの情報収集も必要なため、このシナリオ作成プロセスは請負契約書を交わした以降でなくては極めてハイリスクです。ロケハンして絵コンテまで提出しながら破談になってしまうと、それまでのクリエイティブワークがすべて無駄になるわけですから、少しでも早く契約を交わしてしまいたいというのが本音です。
クライアントにしても発注契約する前に社内のロケハンを根回しすることはなかなか難しいものです。そこで①のような要件定義できていない書類であっても、プロダクション側の「経験と勘」で仕様を設定して見積書を作成し、契約を交わしているのが実際です。
本来、見積書はシナリオ・絵コンテが完成しなければつくれないといのが正論ではあるのですが。
「経験と勘」
には、クライアント企業のプレステージ、公開されている他の映像で使われている技法や品位などを勘案した「完成度」や、その案件に対する期待度・推定予算が大きな影響を与えます。つまり正直に告白すると、同じようなことが書かれているシナリオ(映像が定義されていない場合)であっても、相手先によって見積書は異なります。同じ原稿でも仕様設定によって完成作品は別物になるからです。経験と勘で「この企業であれば、このくらいは期待されるだろう」という品位・完成度を狙った仕様を仮想で設定するのです。
新規撮影は3日、そのうち大掛かりな照明が必要なのが1日、ドローンは必須、3DCGやモーショングラフィックも必要だろう・・・とか。
決して懐具合を見透かして暴利を・・・という意図ではなく、クライアントによって仕様設定のランク(?)を選択するわけです。
安価にできれば、始めは喜ばれますが、完成した映像が見劣りして他の部署から誹謗されたら、御担当者は立場がなくなってしまいます。その企業にふさわしい品位の映像を提案する我々の「経験と勘」は、非常に重要な役割を担っているとも言えます。
便宜的が仇に
契約後の工程で仕様の読みが外れる(仕様設定とクライアント担当者のイメージが乖離している)と、その損はすべてプロダクションが被ることになりますから、プロデューサーは契約前はもちろん、工程の最中でも折に触れて自身が設定して契約した仕様(見積書に書いた仕様や工数)を説明して、それを逸脱する要望がある、また新たに要望された際には、すかさず問題点を伝える責任があります。
クライアントのご要望が、見積書の仕様を逸脱するかどうかは、それを言われたら瞬時に判断できなければならず、同時に直ちに見積書を提出するこまめさがないと、こうした御用聞き型映像制作ビジネスでは利益が出ません。僕がB2Bの映像制作業は「クライアントとのコミュニケーションを洗練させる」ことに集約できるビジネスだと考えるのは、こうした理由からです。プロデューサー自身が、あらゆる制作工程の実務を知っていなければできないビジネスでもあります。
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