感度の問題
フィルムによるムービー撮影がビデオカメラによる撮影に代っても、長らく撮像管やセンサーの感度が低かったため、照明器具・照明スタッフは必須でした。しかしここ最近は「照明無し」という現場もかなり増えてきました。
素人じゃないんだから・・・
それでも我々古い人間は、撮影現場に照明さんをキャスティングしないのは、どうにもアマチュアっぽいイメージがあり抵抗があるのが正直なところです。
たしかに現実に照明無しでも十分に美しく撮り上がることも多いのですが、どうしても画面の隅が暗く沈んでいたり、顔に影が出ていたりすることが気になります。もちろんドキュメンタリータッチの場合はOKですが。
照明に関する感じ方の違い
しかし若いカメラマンと仕事をすることが増えてきた昨今、そういう暗部や影こそが映像のリアリティであり、カメラマンとしての表現のひとつであるという信念を感じます。そう、それは昔から写真カメラマンがもっていた感覚と同じかも知れません。
シネタッチがかっこいい
陰影を気にしないというか、意図的に陰影を利用する映像づくりは、ドキュメンタリータッチな演出と親和性がよく、近年はそういうリアルな映像づくりがカッコいいと考える人が増えてきたことも、照明の需要が減ってきた理由かも知れません。
照明の役割
映像制作技術における照明の役割について整理すると・・・
(1)照度を得る
モノを映す、画像としてメディアに定着させるための光源としての照明です
(2)色彩を得る
明確で鮮明な色相を表現するには十分な光が必要です
(3)質感を得る
つるつるな面やざらついた質感は光と陰の工夫によって表現、強調します
(4)奥行き感を得る
2Dの映像に映る被写体や空間に陰影をつけ奥行き感を感じさせます
(5)ムードを創る
光の演出によって「明るい」「陰鬱」「光明」などの気分を表現します
「暗いと映らない」という先入観
こうしてみると、つまり昔からの映像制作スタッフは、どうしても(1)(2)の先入観が消えないのかも知れません。ムービーの世界は昔から「しっかり照明を当てて絞って撮る」のが常識でした。ゲインを上げて撮ると画像が粗れるからイヤ!と。
今の驚くべきカメラ技術の進化は頭ではわかっていても・・・?
作為的であることを嫌う若年層
もうひとつ近年にある傾向として、過剰なつくり込みや演出を嫌う若者が増えてきて、「ベタあかり」に嘘っぽさや、あまりに鮮明であることにリアリティの無さを感じるようになっているとも思います。そういう意味では(3)(4)(5)の照明が嫌われているかも知れません。
「広告なんだから」は正しいのか?
年配の演出家やカメラマン、照明マンからは「PR(CM)なんだからさあ、ちゃんと照明あてようよ!」という声が聞こえて来きますが、そもそもPR候、CM候とした映像自体を信じない世代が増えていることに、そろそろ正面から向き合うべきかも知れません。そもそも企画のあり方自体を考え直さないと。
時代が求める映像に応える
私は照明については基本的にちゃんとキャスティングしたいと思いますが、撮影現場の様子や都合、求める映像コンセプトによっては No Light で撮影することもあります。
映像に関する価値評価は世に連れて変わり続けるもの。既成の概念や価値観に囚われずに、みながため息をつくような素敵な映像を生み出し続けたいですね。
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