編集という行為の本質的バイアス性
映像編集とは、撮影された素材から特定の部分を選び取り、それらを再構成して新たな意味を創出する行為です。この時点で既に、編集者の主観的な判断が介入しています。どのショットを選び、どの順序で並べ、どの長さで切るか。これらの判断の一つ一つが、編集者の価値観や意図に基づいて行われます。つまり、編集という行為そのものが、本質的にバイアスを内包しているのです。例えば、8時間の撮影素材から30分の番組を作る場合、使用される素材はわずか6%程度に過ぎません。この取捨選択の過程で、編集者は意識的あるいは無意識的に、自身の解釈や主張に合致する素材を優先的に選択することになります。これは確証バイアスの典型的な発現と言えます。
映像による現実の再定義メカニズム
人間の認知は、目の前に提示された情報を基に現実を構築する性質を持っています。映像編集は、この認知特性を利用して視聴者の現実認識を再構築する技術だと言えます。例えば、同じ出来事を撮影した素材であっても、編集の仕方によって全く異なる印象や解釈を生み出すことができます。抗議活動の映像を例にとると、暴力的なシーンを強調すれば混乱と無秩序の印象を与え、平和的な場面を中心に構成すれば民主的な市民運動として描くことができます。これは単なる技術的な操作ではなく、視聴者の認知バイアスを利用した現実の再定義プロセスです。編集者は、人間の持つパターン認識や因果関係の推論傾向を理解し、それを活用することで、意図した「現実」を構築することができます。
物語化による真実の変容
編集の本質的な機能の一つは、断片的な事実を繋ぎ合わせて一つの物語を作り出すことです。この物語化のプロセスにおいて、個々の事実は元の文脈から切り離され、新たな意味連関の中に再配置されます。これは必然的に、原初的な「事実」からの乖離を生み出します。例えば、インタビュー映像を編集する際、発言の順序を入れ替えたり、質問を省略したりすることで、話者の意図とは異なるメッセージを作り出すことができます。この過程で、編集者は自身の解釈や主張に沿った形で素材を再構成し、視聴者の確証バイアスに訴えかけることで、その解釈の妥当性を強化していきます。
正常化バイアスと時間軸の操作
正常化バイアスの特徴的な点は、それが時間認識に強く関わっているという点です。人々は過去の経験から、急激な変化や危機的状況を受け入れることに抵抗を感じ、現状が継続すると考える傾向にあります。映像編集はこの特性を利用して、時間軸を操作することで視聴者の認識を再構成します。例えば、環境破壊を主題とした作品では、数十年に渡る変化を数分間に圧縮して見せることで、正常化バイアスを打ち破り、変化の衝撃を強調することができます。逆に、急激な社会変動を扱う際には、日常的な場面を意図的に挿入することで、変化に対する人々の鈍感さや抵抗感を表現することもできます。このように、正常化バイアスへの働きかけは、映像による時間表現の重要な要素となっています。
三つのバイアスの相互作用による説得力の構築
確証バイアス、認知バイアス、正常化バイアスは、個別に作用するだけでなく、相互に影響し合うことで、より強力な説得効果を生み出します。例えば、ある社会問題についてのドキュメンタリーを制作する際、まず確証バイアスを利用して視聴者の既存の信念に沿った情報を提示し、次に認知バイアスを活用して問題の構造的理解を導き、最後に正常化バイアスに訴えかけることで「このままでは危険だ」という危機感を醸成する、といった重層的なアプローチが可能になります。この三重のバイアスの活用により、視聴者は制作者の意図する方向へと自然に導かれていくことになります。
バイアスの不可避性と編集者の責任
このように、映像編集は三つのバイアスを複合的に活用することで、強力な現実再構成の手段となり得ます。完全に客観的な編集など存在し得ず、どのような編集も何らかの形でバイアスを含んでいます。
重要なのは、この事実を認識した上で、編集者がどのような倫理的判断を行うかということです。バイアスを意図的に隠蔽し、視聴者を誤導することは問題ですが、逆に自身のバイアスを自覚的に扱い、可能な限り透明性を確保しながら編集を行うことは、より誠実な映像制作につながります。
また、視聴者に対して映像の構築性を明示することで、メディアリテラシーの向上に寄与することもできます。バイアスの不可避性を認識することは、より責任ある映像編集の実践への第一歩となります。
映像編集とは確証バイアスと認知バイアスを利用した事実の再構成である、という認識は、より良い映像制作のための出発点です。
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