ある老舗広告代理店で
30年以上制作畑を生きてきた初老のCD(クリエイティブディレクター)が、ある案件の企画打ち合わせの席で世間話のように口を開き
「この前さあ、現場に入った○○○の撮影クルーがさあ、照明持ってきてないわけよ。えっ、おたくらプロじゃないの!?って、もう驚愕してさあ」と宣いました。
「○○○ってブライダルビデオの会社じゃないですか?」とうちのスタッフ。
いえ、僕は知っています、レッキとしたビジネス映像制作会社です。
「最近のデジ1カメラマンは照明なし、っていうのがあたりまえみたいですね」と僕。
「うそでしょう!?素人じゃないんだしさあ」とCD氏。
実は僕がよく起用するデジ1カメラマンも照明を使いません、というより使ったことがないし、使い方も知らないみたいです。でも、そのカメラマンは1千万円プレーヤーの売れっ子です。たしかにかっこいい作品をつくり、クライアントに大喜びされています。
デジ1カメラマンの矜持
そこにある状況の中で、そこにある灯を利用して良い絵を撮る。また、そういう映像素材で編集してシネマチックでかっこいい作品をつくることが素晴らしいこと。だから、照明機材を使って意図的な灯りを加えて、作為的な絵をつくるこは想定外。
実際、そうやって照明機材を使って絵をつくり始めるとカットのつながりも考え、灯りの向きや影も計画しなくてはならないので、時間も予算もハマりません。
ある病院のVP撮影現場で
東京から呼んだディレクターとカメラマン、うちの手配で照明スタッフ2名と機材、プロダクションマネージャー。15分単位で建物、敷地内を移動して、時折りタレント、ドクター、看護師などを入れみながら撮影をしていました。
ディレクターが「はいOK!」というと彼とカメラマンは、さっさと次の場所へ移動。照明スタッフとPMはあたふたと機材をたたみ、移動準備〜移動。すると次の現場ではもうディレクターとカメラマンはカメラ位置も構図も決めていて、照明スタッフは急いで機材の設置、調整をはじめる。するとディレクター氏は「はい、回しまーす」照明マン「えっ?まだ・・・」ということが度々。
PM君は怒り心頭に達し、思わず「まだできてません!!」と怒鳴ってしまったという事件がありました。
僕はプロデューサーとしてそこにいましたから、この状況にはすぐに気づきましたが、敢えて見逃していました。たしかに、ディレクターの進めるスピードで撮影していかないと、時間内に終えられないことがわかっていましたから。さらには、照明さんが拘ってもう1基ライトを入れたいことは理解できますが、入れなくても問題がないこともわかっていましたから。照明さんには「腹が立つでしょうけれど、彼(ディレクター)がOKということはOKで問題ありませんので、今のペースで進めてください」と頭を下げました。
それぞれの立場と価値観
僕はカメラマンでも照明マンでもありませんから、彼らの仕事の核心に何があるのか、わかっているようでわかっていないかも知れません。それぞれに信じる正しさや良心、価値観があるのは当然です。
同様に視聴者にもさまざまな価値観があります。
プロデューサーとして視聴者の代理であるクライアントと接していると、極めて多様な価値観に出逢います。シネマタッチ最高という人がいる一方で、暗くてマイナーだという人もいます。もちろん現在の日本国民全般でみたらシネマタッチがかっこいいという人が多いかも知れませんが、そう思わない人も僕らのクライアントにはいます。
僕は、きちんと照明をあてて撮った映像は文句なしに美しいと思いますし、そうでない映像は広告映像としては企画手法が限定されると思っています。この前者と後者は異なる次元のものと考え、制作する映像の目的や対象、制作条件に合わせて可否を判断するべきでしょう。
そして僕は、様々なクライアントの立場に立ちB2Bのビジネス映像を企画制作しますので、どちらが正しいとか、正統であるという価値観は、できるだけ持たないようにしています。
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