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Tomizo Jinno

タイトルが長い本とすべての文化をインターネットに最適化させるSEO

哀悼


名古屋の千種・正文館(昨年閉店)の古田一晴さんが先日72歳の若さで亡くなったという記事を見つけました。この地方の本好きな人たちが知らない人はいない本の目利きだった人です。私も若い頃番組の取材でインタビューに伺ったことがあり、その博識に舌を巻いた記憶があります。氏の趣味が映像づくりだったとは記事で知りました。ご冥福をお祈りします。


本題


本日付け日本経済新聞記事「本のタイトルどんどん長く 「埋もれるな」ネット文化波及」(有料記事)に「2023年までの直近5年の上位30冊は平均10.3字で、1960年代に比べ2倍近くに達した。単語中心の簡潔な書名の文芸書から、文章とみまがう説明調の実用書やビジネス書へと売れ筋が変化。」とありました。

検索してみると日経新聞は2014年にも「本の題名、やたら長くなっているのはなぜ」という記事を載せているので、この傾向は10年以上前からあったものの、さらに加速しているということでしょう。

かつて、文学作品や学術書のタイトルは簡潔で印象的なものが多くありました。しかし、現代では一文丸ごとタイトルが珍しくなくなっています。上記の記事に“SEO”に言及する部分はありませんでしたが、この現象の背後には、私はインターネット時代特有の要因“SEO”(検索エンジン最適化)の影響が色濃く反映しているとみています。



“SEO”がもたらすタイトルの変質


インターネットが情報検索の主要な手段となった現在、書籍も例外ではなく、オンライン上での「発見されやすさ」が販売に直結する重要な要素となっています。その結果、著者や出版社は、検索エンジンのアルゴリズムを意識せざるを得ません。彼らは、潜在的な読者が使用しそうなキーワードを本のタイトルに盛り込むことで、検索結果の上位に表示されることを目指していると推測します。

この戦略だと、単純にキーワードを羅列するだけでは不十分で、読者の興味を引き、かつ内容を適切に表現するためには、これらのキーワードを自然な文章の形に組み立てる必要があります。結果として、タイトルは長く、説明的になり、時には本の要約のようなものになってしまうわけです。

本を読む男性


タイトルから「見出し」へ


このような“SEO”を意識したタイトルは、もはや従来の意味でのタイトルとは言い難く、むしろ、新聞や雑誌の見出しに近い性質を帯びています。見出しの役割は、読者に内容の概要を即座に伝え、興味を喚起することにありますから、現代の書籍タイトルも同様に、本の内容や主題を明確に示し、同時に検索エンジンにも「発見」されやすいように設計しているわけです。いや、“SEO”を意図しているかどうかはわかりませんが、結果そうなっていることは確かです。



文学的表現の衰退リスク


この傾向は文学的表現の豊かさを犠牲にする危険性をはらんでいます。かつてのタイトルは、しばしば比喩や象徴、言葉遊びなどを用いて、読者の想像力を刺激し、本の世界へと誘う魅力的な入り口の役割を果たしていました。「百年の孤独」「青い鳥」「華氏451度」といったタイトルは、それ自体が一つの芸術作品であり、読者の好奇心を掻き立てる力を持っていました。

対して、“SEO”を強く意識したタイトルは往々にして直接的で説明的なものとなります。例えば千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に言ったことがないままルーマニア語の小説家になった話(済東鉄腸著・左右社)といったタイトルは、確かに本の内容を明確に伝えていますが、読者の想像力に訴えかける余地はありません。この種のタイトルは、本の内容を即座に理解したい読者や、特定のトピックに関する情報を求めている人々には有用かもしれないが、文学作品が持つべき神秘性や多義性、そして読者の解釈の自由を制限してしまうことにならないでしょうか?タイパ時代には無用な豊かさでしょうか。


“SEO”の影響力:業界を超えた言語表現の変容


“SEO”がタイトルに与える影響は、単なる出版業界のトレンドにとどまりません。例えば博物館の展示タイトルにも“SEO”を意識している傾向が見られます。(東京国立博物館 年間スケジュール推測するに、さまざまな業界の広報担当者(インターネット担当者)が意識的・無意識を問わず人知れずSEO対策していることが、タイトルや説明記事の文体や表現に表れ、結果一般の人々は、こうしたテキストを現在のトレンドとして感じているのかも知れません。

「タイトルや説明記事」とはつまり、“SEO”が重視する titleタグとmeta description です。



“SEO”文法の標準語化


本のタイトルに限らず、人知れず行われている“SEO”を意識した文章構成法は、一般の人々はそこに意図された戦略が隠されているとは考えず、ただ日常的に目にする文体傾向として認識しているに違いありません。こうした現象が、私たちの言語表現や情報の受け取り方に、どのような影響を与えているでしょうか。


各業界における“SEO”の影響


  1. 博物館業界

    展示タイトルや説明文におけるキーワードの戦略的使用

    オンラインカタログやウェブサイトコンテンツの最適化

  2. 教育機関

    コース名や説明文のSEO対応

    研究成果や学術論文のタイトル設定における考慮

  3. 観光業

    観光地や施設の名称、説明文の工夫

    旅行ブログやレビューサイトにおける表現の変化

  4. 小売業

    商品名や説明文のSEO最適化

    オンラインショップのカテゴリー構造の設計


“SEO”がもたらす言語表現の変化


  1. 説明的・具体的な表現の増加

    抽象的な表現よりも、検索されやすい具体的な言葉の使用

  2. 長文化と情報密度の上昇

    より多くのキーワードを含むために、タイトルや説明文が長くなる傾向

  3. フォーマットの標準化

    見出し、箇条書き、FAQセクションなど、検索エンジンが好む構造の採用

  4. 地域性や特殊性の強調

    ローカル“SEO”を意識した、地域名や特徴的な用語の使用


一般の人々の認識への影響


  1. 新しい「標準」の形成

    “SEO”最適化された文体や表現が、現代的で正しいものとして認識される可能性

  2. 情報の受け取り方の変化

    キーワード中心の情報処理に慣れることで、簡潔で直接的な表現を好む傾向

  3. 創造性と多様性への影響

    標準化された表現が主流となることで、独創的な表現が減少する可能性

  4. デジタルリテラシーの重要性

    “SEO”を意識した表現を適切に解釈し、本質的な情報を見極める能力の必要性



すべての文化がインターネットに向かって最適化される


デジタル時代における文学・文章表現のあり方、さらにはさまざまな業界で言語表現の未来に関わる重要な問題を提起しているこの変化は、情報へのアクセスを容易にする一方で、表現の多様性や創造性を制限する可能性もあります。一般の人々も、こうした変化を認識し、批判的思考を持って情報を解釈する能力を養う必要があります。

豊かな言語表現は人間が人間たる所以です。

プラットフォーマーと呼ばれるインターネット界の寡占企業には、こうした文化の衰退リスク(“SEO”による選別)に対して責任を持って対処してもらいたいものです。

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